■インヴァータ・ハイテク・ロコ
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JR貨物が旧態依然としていた貨物列車(機関車・貨車共)に新風を巻き起こすべく登場させた初期のプロトタイプです。
 

■[5988]
EF200-901は'90年登場。出力6000kwは国鉄~JR通しても最強であり、単機で1600tの貨物列車を牽引可能という驚異的なものですが、そのパワーに比例して大食らい(消費電力が大きい)なので、変電所容量の都合でフルパワーは使えず、常にノッチ制限を掛けて使われています。量産車も登場しましたが、過ぎるハイパワーを持ち腐らせてる状態にあったため少数で打ち切り、パワーダウン版のEF210が直流機の決定版として増備されて今日に至っているのは知っての通り。
車体デザインはヨーロピアンスタイルとよく表現されますが、言われてみれば2世代くらい前のユーロスプリンターの雰囲気が、何となーく有るような感じ。前面はEF66-100の「くの字」を強調したような、ややブロック調なスタイル、ヘッドランプケース周りは車体から窪ませて垂直としています。側面は非対称で、一方は明かり窓が並び、もう一方は吸気ルーバーが配置されています。側面画に於いては、1粒で2度美味しい(作画的には2倍)です。
台車はボルスタレス方式で、特に中間台車の牽引リンクが大きく目立ちます。枕バネは空気バネではなく、実はゴムによる弾性支持。半球形ゴムを上下向かい合わせとして2連に配置されているのが特徴的です。駆動方式がED60系列及びEF60、EF61以来となるリンク式となっていて、輪芯も圧延一体方式のスッキリさにリンク接続用の孔が混在するためややカオス。軸支持はEF66迄の新性能機よくに見られた円筒案内+ゴムブッシュ+軸箱上に2条バネの古風な方式で、今見ると如何にも過渡的です。ブレーキは片押し式でレジン制輪子をダブル装備です。
ちなみに、台車間にはとても見慣れた形状のMGが…容量的にも205系や211系のブラシレスMGと同型でしょうが、艤装スペースの都合で縦向きに装備されているのがちょっと新鮮。
運用範囲が主に東海道~山陽方面という事もあって、個人的には実物との接点はあまりないのですが、(武蔵野線を通る列車が朝夜に極少数有りましたが…。)一応は量産車も登場した形式であり、今でこそ顔であろうEF210登場より以前の、「新生JR貨物」と期待に満ち満ちていた時期に於ける直流電機の顔といえば、EF66-100とこのEF200だったという時代があったことは確かです。
 

■[5989]
EF500-901も'90年に登場。交直両用3電源式として、出力はEF200と同じく6000kwの強力機です。車体形状はやや扁平であり、前面は頂点が上よりの緩いくの字=鳩胸気味なデザインとなっていて、正直ドット絵泣かせな形状です。一方で側面は明かり窓の下にルーバーが8個ずつ並んでおりほぼ左右対称、国鉄電機の名残が混在する過渡的な雰囲気です。屋根上は前面屋根から続くカウル形状でパンタグラフが一部隠れている他、EF81等と同様に塩害対策として高圧線は最低限のみ露出しています。
台車はボルスタレス、ダイヤフラム空気バネ、軸支持も軸梁式と、EF200に比べると新機軸を取り入れており、パッと見る分には現行のEF210等にも通じるようにも見える一方で、ブレーキは従来の両抱き式であり、シルエットがゴツい印象です。スマートさは無いかもしれませんが個人的には好きな組み合わせです。
交直セクションのある東北線、常磐線、日本海縦貫線のスルー運転化、そして交流区間に於けるEF75、ED79等の重連運用を解消しつつ、全体的な列車t数増加を狙ったハイパワー機ですが、EF200同様に変電所容量の都合、加えてインバータノイズ由来の誘導障害が解消できず、量産には至りませんでした。その後、東北線系統の決定版としてはEH500が、日本海縦貫線にはパワーダウン版のEF510が投入されて今日に至ります。
仮に、誘導障害を解決して量産車が登場していたら、東北線や常磐線辺りで走っていたのかもなぁ、とか想像すると、結構格好いですよね。
 
オマケ:
性能試験といえば付き物なのが死重コンテナです。基本的には古い退役したコンテナを転用しているので、JR初期の頃の牽引性能試験ではコキ100系の上にウグイス色の国鉄コンテナがズラリと並んだスタイルが印象的でした。(写真で見た程度ですけども。)


コキ100/101にC20、C21を載っけてウェザリング?を少し施してみました。
続き
2016/06/09 20:01 | TB:近作紹介 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
■コキ祭りじゃー。
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■[3931]コキ250000
■[3932]コキ350000
コキ50000の改造車2題。'85年登場の250000番台はCLブレーキのままブレーキシリンダ圧力の立ち上がりを早め、空走距離を短縮したモノで、コレに拠って1200t列車及び1000t迄の高速(100km/h)運用が可能になっています。国鉄時代の'86年よりスーパーライナーに投入されますが、その頃はフツーのコキ50000と同じレンガ色だったようです。
'88年からスピードアップしたスーパーライナー用に登場した350000番台は、電磁弁を追加したCLEブレーキとなり、最高速度は110km/hに向上しています。ただし、牽引機関車からブレーキジャンパ線を受ける必要が有るため牽引機を選びます。元々、この直後から量産車が登場し始めるコキ100系(後述)が出揃うまでの暫定措置であったため、改造数は少数に留まりました。車体色は黄かん色とされて異彩を放ちましたが、個人的には黄かん色ほどオレンジには見えないため、カナリアイエローとオレンジの中間くらいの、一般的には山吹色と言えそうな色味で描いています。
スーパーライナー運用から追い出されたコキ250000は'88年からペパーミントグリーンに塗装変更され、東北・北海道方面に残っていたコキ10000系を置き換えています。更には、コキ100系が出揃った後にはコキ350000も転属しており、共通運用が組まれていたようです。カラフルで愉しいですネ…基本的にコキ車は台枠の位置が低く足回りに近い=汚れ方が激しく、折角鮮やかな色で塗られていてもスグに土埃だらけになってしまうのですけども。
 

■[7335]コキ100/コキ101
■[5852]コキ104
JR貨物の新形式コキ100系は、台枠上面高さを1000mmに下げ、大型コンテナを搭載しても建築限界に収まるようになりました。試作車(コキ100-1~4)は'87年に登場していますが、量産車は翌年から。
'88年登場のコキ100/101は長編成傾向の強いコンテナ列車に於けるコストダウンを狙い、両端をデッキ付きのコキ101、中間にコキ100を配した4両1ユニットの方式を採っています。ブレーキシステムはCLEブレーキ方式とし、電磁弁はコキ101にのみ搭載して集中制御しています。デッキのない車両も存在することから手ブレーキハンドルは片側の側梁に設置していますが、コキ101だけは反転しているためハンドルの位置が揃いません。また、ハンドル位置も相まってヤード等入替え時に突放は出来なくなっていますが、そもそも台枠高さを抑えるために薄っぺらくしているため、強度的な都合もあるようです。(デッキ上にブレーキハンドルが設置されてるコキ107でも突放禁止とされている)
4両1ユニット方式で更なるコストカットを進めたコキ102/103(電磁弁がユニット内に1基へ減少)に続いて、1両単位での運用が可能なコキ104が'89年から登場しています。構造的にはコキ101、103と同じようなデッキ付き、側梁に手ブレーキハンドルという姿ながら、各車にCLE電磁弁を搭載して、つまり1両でシステムが完結しているものです。'96年までに3000両近く製造されたため、今以って最も目にする機会の多い貨車であると思います。
更に、2両1ユニットという微妙な存在のコキ105もありましたが、少数派で終わっています。台枠の塗装は後述のコキ106の初期車迄はコンテナブルーです。また、社名の表記についても'90年代序盤までは「JR貨物」の表記で、以降は「JRF」の表記となり現在に至ります。
続いて'97年から登場するコキ106は以前に描いていますが、海上コンテナ搭載に本格対応していたり荷重向上のために台枠形状が変更されたり、車体色はグレーになっています。概ね、2000年代頃までのコンテナ列車は表現出来るようになったのではないかと思います。
 

■[N2115]国鉄コンテナ
■[N2116]JR貨物コンテナ
単品コンテナの追加分…と言っても、以前に描いてあった分の描き直しですが。相変わらず種類は少ないです。
国鉄C35…前回コキ50000に搭載させるべく描き直したものの単品分。うぐいす色の国鉄コンテナが多い中にあってスカイブルーのC35は異彩を放ちます。民営化後も残存していましたから、コキ100系に載せても違和感ありません。
JR18A…'87年登場、国鉄C36同様に妻面・側面の各1面ずつに扉がある、青いJRコンテナの初代。形式は内容積18㎥(立方米)に由来します。塗り分けは単純な斜めモチーフ。
JRV18A…側面に開閉可能なベンチレータのある通風コンテナ。曲線塗り分けがオシャレ。
JR18D…'88年登場の両側面に扉があるコンテナ。逆L字に細・太2本の塗り分けで、製造数の多さや、運用期間も長かったたため、青いJRコンテナでは最も有名な存在かと思います。
JRF19A…内容積が19㎥(立方米)に増えたので形式も19*に。紫色地に下部を黒に塗り分け、新JRFマークも誇らしげです。ただし、容積拡大によって寸法も少し大きくなり、特に横幅はトラック積載時に問題となる可能性があるとされたため、製造数は少なめです。見た目に変化ををと思ったので、19Dの色違いで済ましています。
 
オマケ:

■[N2004]コキ104(KATOの場合)
KATOのNゲージ製品は割と早い段階で製品化されており、(インサートで言えば緑/ピンクの頃)初期ロットはJR貨物表記でした。それと関係有るのかどうか判りませんが、JRF表記となった今に至るまで台枠のカラーリングはコンテナブルーよりもかなり淡い青色にデフォルメされています。受け手によっては、ソレが難点と映る向きもある一方で、その色がモデルの特徴であり「味」であるという見方も出来るので、一概に悪と論じるには些か短絡的かなと。
Nゲージでは'86年頃からTomixのコキ50000にてコンテナ取り外し可能なモデルが登場しましたが、ソレ以前は満載状態で個々に接着されているか、満載状態で一体成型のモノしかない状態で、関水/KATOは後者でした。ただ、'90年代までのTomix製は成型色に車番(コキ101/100では社名表記含む)が印刷されるだけの質素なイメージであり、KATOは塗色のデフォルメが強烈とはいえ、シッカリ塗装された上で細かい表記まで印刷、更に台枠内側もウェイト形状を工夫してシースルー化する等、時代を先取りしていましたね。デッキ側のステップが省略されてるのは惜しいですが。
刷り込みもあるんでしょうが、旧灰色道床ユニトラックにその配色のコキ104を乗せると、mokoにとって趣味臨界期のKATOの鉄道模型のイメージ(カタログの写真)であり、懐かしさに包まれるのですよ…コレが味というヤツです。
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2016/06/02 00:27 | TB:近作紹介 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
■ハイスピード・モーターカー
TrainBannerForum '16/5/13 UP
何だか腰の重たさが定例化してしまってるかの如く、まぁソレは冗談ですが、今回も約1年掛かりの難産でした。
大体いつも、攻略方法を探してる時間が長くて、見つけたら一気に進むんですけどねぇ。
 
 (←神海・樽見 / 大垣→)
■[6000]樽見鉄道 ハイモ180
国鉄末期の赤字ローカル線切りによって放棄された路線を継承した三セク鉄道は、三陸鉄道を皮切りに相次いで開業しました。国鉄樽見線を引き継いだ樽見鉄道では、富士重工製の新型レールバスLE-CarIIを開業時に導入しています。形式名「ハイモ180」…何だか芋っぽい名前ですが、ハイスピード・ーターカーの略にエンジン出力をあわせたものです。バス部品の多様、車体長12mにも及ぶ割に2軸構造という、原初レールバスのイズムを汲んでいますが、所謂台枠に直接くっついてる「単台車」ではなく、独立した1軸台車を軸バネ(軸梁式+緩衝ゴム)、枕バネ(空気バネ)によって支持する構造とした上で、更に牽引リンクにL字クランクを介して台車の旋回を許容、レール横圧を軽減することで2軸車としては長い軸距を実現しており、乗り心地も改善されていたようです。
クロスシートのハイモ180-101、ロングシートのハイモ180-201、202が導入されましたが、結局は輸送力が足りず、絶えず重連運転となっては不経済と判断されたため、その後の増備は一回り大きなボギー車に切り替わっています。
 
 (←神海・樽見 / 大垣→)
■[5791]樽見鉄道 オハフ500
元々国鉄時代から樽見線本巣のセメント工場までは貨物列車の往来があり、樽見鉄道移行後は大垣~本巣間に乗り入れてくる貨物列車は樽見鉄道の管轄となり、牽引機として国鉄DE10と同型機を所有していました。ハイモ180の輸送力ではラッシュ時間帯の乗客を捌けないため、機関車の運用間合いを利用する形で客車列車が用意されていたのでした…開業直後は、とりあえずの急拵えといった感じで、旧客オハフ33の後期型(キノコ折妻)をベースに、ハイモ180と同じスカイブルーに側面中央でTモチーフとなる紅白ラインをあしらった派手な外観に大変身。何気にベンチレータもスカイブルー色に塗り分けられていました。(絵では判り難いですね…。)
車掌室を両端に向けて、大垣方からオハフ501(原型扉)+オハフ502(Hゴム扉)という編成が組まれていたようです。
尚、樽見版の機関車は描いてないので国鉄DE10で代用してネ。コチラも末期こそ派手な専用カラーリングが増えたものの、開業時はキャブ横の白帯が消えて社紋が入った程度で、殆ど国鉄機と変わらない出で立ちでしたので。
 
  (←藤並 / 金屋口→)
■[5974]有田鉄道 ハイモ180 キハ58003
先述の通り、樽見鉄道では輸送力不足で持て余していたハイモ180ですが、そのうちクロスシートのハイモ180-101は有田鉄道に譲渡されました。塗り分けパターンが樽見鉄道時代と同じなので、色違いの兄弟車みたいな雰囲気です。
元々有田鉄道は三セクではないものの所謂地方の小私鉄であり、元富士急行キハ58系を譲受して細々と走っていました。ハイモ180が来る頃には片運転台の001,002はとっくに廃車されており、両運転台の003が片方のエンジンを撤去した上で行ったり来たり。ハイモ180譲受後はキハ58003は予備車として残っていましたが、まるで放置廃車の如く錆び々々な外観は、個人的にはかなりインパクトを受けました。(実物を見たワケではない。) よって、絵でもシンガフィニッシュ風として、グラデーションで錆汚れを表現していますが、色数増加を避けて画一的(手抜き)にしてしまったので、何だかイマイチですね(汗) 実車はもっと棘々しい感じだったのですけど。
藤並~金屋口間、駅数も少なく距離も短く、線路も駅も草生してディープな雰囲気を漂わせていたようですが、最終的には'02年末で廃止になったそうです。
ちなみにキハ58003には「まるみちゃん」という愛称があったようですが、一見可愛いように見せかけて、ネーミングの由来は車番の003からだそうで。
 
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ハイモ180の存在を知ったのはNゲージがキッカケでした…と言っても初代の完成品(樽見ハイモ等)ではなくて、未塗装キット形式となった有田ハイモの方です。カタログの挿絵だったか、キロポスト紹介部分に載っていた、金屋口風?のジオラマがとても印象的で、可愛いレールバスと背後の車庫内で朽ちているキハ58という構図が完全に刷り込まれてしまったのでした。
img20150806_008-.jpg
当時、キット版は入手できなかったのですが、(入手しても上手く作れなかったと思います。) 完成品だった頃の樽見鉄道ハイモ180を中古で入手できました。(写真はT車。) 動力ユニットの手入れは少し難しいですが、小さい割にとてもよく走る車両です。以前にも似たようなことを書いてますが…。
実物は樽見鉄道では完全に引退、有田鉄道はそもそも廃止ですが、廃線跡利用の鉄道公園でキハ58003と共にピカピカに化粧直しされて動態保存、同型のレールバスとしては北条鉄道フラワ1985→紀州鉄道キテツ型が唯一残るのみで、完全に風前の灯です。元々鉄道車両にしては耐年数が低く設計されていて(ゆえに車重が軽かったり初期投資が安かったりしていたのですが)登場から30年を超えて、最早老朽化も待ったなしというワケです。考えて見れば、同年代製と思わしき古いタイプのバスなんて、もう見かけることは滅多に無いですからネ。
とはいえ、そのフォルムからインパクトも大きく、2軸動力で急曲線にも割と強いので、模型としてはこの上なく重宝できそうなのですけど、CタイプDL同様、再販すればいいのにねぇ、Tomixさん。
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2016/05/13 17:15 | TB:近作紹介 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
■12系&14系座席車
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EF55+12pc.gif
■[4321]スハフ12
■[4328]オハ12
■[4754]オハフ13
EF58+14st.gif
■[5292]スハフ14
■[5293]オハ14
■[5790]オハフ15
目下、大阪万博向けの団体列車や臨時列車といった波動輸送向けに登場した12系客車は、20系寝台の後、所謂「新性能客車」の草分けとも呼べるような存在です。(既に電車全盛の時代であり、長続きはしませんでしたが。)そして更に同システムを踏襲した14系特急客車は、昼行用の座席車、夜行用の寝台車が用意されました。
これらの客車の特徴は、牽引機を選ばずに、それでいて高速運転も可能という汎用性の高さでしょう。ブレーキシステムは単純なCLブレーキながら、レジンシューにより高い制動力を得ており、従来通りブレーキ管1本で制動が可能。電源も客車自体に発電セットを持ち、編成内で調達できるため、機関車からの電暖引き通しも不要です。波動輸送用としてあえて客車形態を選んだのも、本来旅客運用向きではない貨物用機関車でも制限なく牽引可能とすることで効率化を図っているのでした。
特に12系は残存していた旧型客車との併結が考慮され、電気暖房とSGの引き通しが為されており、供給元である機関車との間に編成しても、後続の客車へ暖房の供給が可能な構造でした。波動輸送の他、旧型車で運用されていた夜行急行の座席車を12系に置き換え、10系寝台との併結運用も存在しました…その後、余剰になった20系によって寝台車が置き換えられた例、座席も寝台も14系で置き換えられて統一された列車もありました。14系座席車だけの昼行運用としては東海道線の「踊り子」、東北線/奥羽本線「つばさ」が有名ですかね。
12系はその後、一部は普通列車にも充てられていましたが、現在では本来の用途である波動輸送用として、SL牽引等という「イベント列車」用途としてごく少数が残されるだけになっています。首都圏から一番近いSLとされる、秩父鉄道のパレオEXPも牽引する客車は国鉄由来の12系ですネ。
 
12系に於いて発電セット搭載のスハフ12は、前期型と後期タイプ100番台とで床下の艤装、車体側面に開口してる吸気ルーバー位置が異なります。後期タイプでは垂れ流しのトイレ流し管をやめ、トイレタンク式となり、併せて中間車も2種類用意しています。量産車の発電セットは自車含めた6両まで給電可能な容量であり、多くは6両1ユニットで編成を組んでいた当時の運用方法に合致していました。逆方の緩急車としては、経済性を考慮して発電セットを省略したオハフ13が用意されました。現在残っている12系は、エンジン故障に備えて両端の緩急車をスハフ12とするパターンが多く、発電セットを持たないオハフ13は一足早く廃車の対象になっています。
14系でも同様に、発電セットは6両分給電となるため、一方の緩急車は発電セットを持たないオハフ15となります。トイレタンク式のみで描いていますが、これは14系寝台車に仕様を併せています。
2016/05/07 23:05 | TB:近作紹介 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
■14系14型ブルートレイン
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ef58+14pc.gif
■[5189]vol.1 スハネフ14 オハネ14
■[5281]vol.2 オロネ14 オシ14
エントリとしては前回の24系25型に続いて、TBFでは同日にUPしていたんですが、14系14型です。コチラは完全にスタンダード形式だけに絞っていますが、'84年以前のさくら、みずほ、出雲などを表現するには十分足りる筈です。
…20系寝台の集中電源方式は固定編成が前提であり、途中で分割して異なる行き先となる多層建て列車には不向きでした…強引にも、切り離した一方に不足する電源車を分割駅で待機させて増結するという事も行われていましたが、14系では電源車を分散させて編成に組み込み、分割併合を容易にしました。システム的には先発の12系客車を踏襲しています。(全く同じではないらしいですが。) 分割併合に備えて緩急車の妻面は全て貫通構造となりますが、ナハネフ23のような飾り気のない切妻ではなく、後退角のある折妻としてデザイン的には配慮されています。
B寝台車は当初3段ベッドで、中段は昼間時間帯の座席運用時は折りたたみが可能、寝台側の側面窓も通路側と同じく大きなサイズになって開放的です。後年2段ベッド化したものもあったようです。
A寝台車は中央の通路を挟んで両側にレール方向の2段ベッドが連なり、個々の仕切りがない所謂「開放プルマン式」です。20系時代は個室A寝台、開放A寝台と華やかでしたが、この頃からは段々とグレードを下げ始めたのでしょうネ。この車両だけ方向幕がデッキ側にあるため、外観上はやや変則的です。
食堂車は旧客の窓割りの雰囲気が残っていた20系とは違って、特急電車・気動車タイプのデザインを取り入れており、A寝台の単純化共々、コストダウンを図ったものでした。後年は24系の食堂車として編入改造されたり、ロビーカーに改造されたりと種車として供される例が多くあったのは前回も述べたところです。
 
分散電源車はその後、北陸トンネル火災事故の影響で新造は一旦中止され、どーしても分割併合が必要な列車向けに24系25型ベースの車体とした14系15型が後年追加で製造された程度で、ブルートレインは再び集中電源式に主軸を戻しています。北陸トンネルで火災が発生したソレは10系客車であり、各車に冷房用の小さなディーゼル発電セットを搭載していました。同様に、客室の床下にディーゼル発電装置を持つ12系や14系も規制の対象となった訳です。
同じ14系である特急座席車グループとは完全に互換性があり、オール寝台ではない夜行列車に於ける寝台車、旧客の代替としても用いられていました。…14系座席車は12系共々、近日中に描きますぞ。
2016/05/02 00:05 | TB:近作紹介 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑