■10系客車
TrainBannerForum '15/8/16 UP
描く描くと言いつつなかなか重い腰が上がらなかった10系客車でしたが、漸く描きました。
お待たせ!
Nf11-2001_1.gif
■[5552]ナハフ11
N11-2001_1.gif
■[5553]ナハ11
Or16-2001_2.gif
■[5957]オシ16
Or17-2001_2.gif
■[7256]オシ17
Obf12-2002_1.gif
■[6659]オハネフ12
Ob12-2002_1.gif
■[6658]オハネ12
Sb16-2002_1.gif
■[6657]スハネ16
Osb10-2001_1.gif
■[6656]オロネ10
Osnb10-501_1.gif
■[5910]オロハネ10
GMの板キットで製品化されている形式を中心にチョイス。本来20.5m車長の車両を他と同じ133pxに収めてしまうなど、相変わらず強烈なデフォルメをかましている車両もあります。絵を描くのが久々だったので感覚が死んでます。(毎回そんなことを言っているような気がしますが。)
この中で特筆したいのは合造車オロハネ10型で、A寝台とB寝台の双方客室を中央デッキで分かつという奇抜なスタイル。今でこそ中央デッキはそこそこ見られる存在ですが、国鉄時代ではさぞ珍しかった事でしょう。
オシ16はベッドメイク中の寝台客の逃げ場を兼ねるサロン付きビュフェ車で、インテリアはなかなか先進的な配置だったそうで。そのうちの電暖車(東北筋)は台車をTR23として軽量化することで重量等級をオ級に収めています。(東海道筋SG車はTR47。*8/17追加。)
どちらも少数派ですが、見た目が愉しい車両です。
 
その他、以前から描いてある10系関連の車両も紹介しておきます。
Op10-2001_1.gif
■[9528]オユ10
Op10-2051_2.gif
■[9543]オユ10冷改
Op11-2001_1.gif
■[9938]オユ11
Op12-101_1.gif
■[7809]オユ12
Os11-2002_2.gif
■[9779]オロ11(ナロ10冷改)
Ssf62-2001_2.gif
■[9529]スロ62
Ss54-2001_2.gif
■[9528]スロ54(冷改)
Sb30-2003_1.gif
■[9531]スハネ30
Ml37-2153_2.gif
■[7773]マニ37
Sl41-2001_2.gif
■[10062]スニ41
Wasf8001_2.gif
■[10061]ワサフ8000
Kl38-1_1.gif
■[7817]カニ38
スロ62は鋼体改造車、スロ54は43系に含まれますが、10系中心で組まれる夜行急行にはロザとしてよく組み込まれていた車両です。純正と言えそうなオロ11の方がよほど短命で、この旧型ロザが末期まで生き残っていました。
スハネ30は戦前製の寝台車が座席車に改造されていたものが再び寝台車にカムバックしたもので、10系初期の頃は並んで活躍していたそうです。外見はウィンドシルヘッダー付きの旧型依然ですが、内装は新調していたので10系寝台車と大差なかったらしいです。
郵便車は10系列に数えられるものが結構あり、その全てを描いているわけではありませんが、代表的であろう車両を個人的偏見で選出。(笑
荷物車はパレット搭載対応のマニ37や、客車形式を名乗りながら外観は殆ど貨車であるスニ41等が似合います。ハザにはナハ11に限らずオハ35系やスハ43系等を雑多に連結しましょう。牽引機はEF57、EF58辺りが似合いそうな雰囲気です。
カニ38は10系と主要寸法を同じくしますが、軽量客車ではないので厳密には10系には含まれません。1形式1両のゲテモノで、存在がアレなのでどの列車に似合う、というのは無いような気がします。むしろ、救援車改造後つまりスエ38-8としての印象のほうが強いのかもしれません。
 
10系はモノコック車体を採用して徹底的に軽量化した「最後の旧客」。冷改以前の車両は軒並みナ級となっていて、輸送力の増強に貢献。(軽い分、今までと同じ牽引定数で車両数を増やせる。)その後、寝台車はサービスアップで冷房化されますが、同じ冷房付きの20系寝台車がナ級に収まっている一方でコチラは軒並みオ級に上がってしまいましたが、これは各車にディーゼル発電セットが搭載されたためです。旧来車台枠流用のオハネ17はやや重くなる電暖車の重量等級をオ級に収めるべく、乗り心地に劣るTR23に履き替えるなど対策していましたが、冷改後(スハネ16へ形式変更)はどう足掻いてもス級になることから全てTR47に振り切っています。ナロハネ10は元々全室非冷房だったものを先にロネ側だけ冷改してオロハネ10に、続いてハネ側を冷改しています。ロネ側の側面窓は固定窓(Hゴム支持)ながら上部に水切りが付いたヘンテコなスタイルですけど、これは非冷房時代は開閉可能だった名残です。
ただし軽量化の影で、老朽化は早く進んでいました。これは特に寝台車の通路側を始めとし各所に設けてある「降下窓」が原因で、要は窓の下にある戸袋に雨水が流入してしまい、ここから腐食が広がったため。これは10系客車だけに留まらず、後に登場する急行形電車や気動車のグリーン車にも降下窓の採用が多くあり、やはりどれも同じように腐食の進行が速かったのです。一部はユニットサッシに改めて延命させた車両もありましたが、10系客車では特に対処もせず、それ以外でも軽い車体に対して硬過ぎるバネ設定による乗り心地の悪さ、薄い外板とアスベスト吹付けに頼った断熱不足で寒い車内がネックになっていたりして、一般車を含め'70年代中盤から数を減らし、末期は細々と残って'85年頃に終焉を迎えています。
最後の旧客と言われる由縁は、文字通りこれに続くバラ編成可能な客車が無いに等しいためです。一般型客車の新鋭として登場した50系は、中途半端に近代化してしまったがために時代に振り回されて迷走の末にすっ転び、以降は完全に電車文化となって今日に至っているのは知っての通り。
イベント用の動態保存車として現代に残る「旧客」は、スハ32やスハ43、オハ47等の所謂10系以前の車両ばかりが名を連ねます。重量が重い代わりに必要以上に頑丈に丁寧に造られていた証拠ですネ。
2015/08/17 02:19 | TB:近作紹介 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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