■(TB3D) 国鉄ヨ8000
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■ヨ8000
ヨ8000は国鉄末期に差し掛かろうという'74に登場した近代型車掌車で、国鉄最後のヨ形式。
特徴的なのはその姿で、車掌室をユニット化してフラットな控車にぽんッと載っけたようなスタイルであり、デッキは完全にオープン。私鉄・・・と言うか東武の車掌車に前例のあったスタイルではあるのですが、前形式ヨ6000までの箱型スタイルとは一線を画す珍妙なスタイルと、長いことTomixのNゲージでは車掌車=ヨ8000オンリーだった事もあって、mokoの中でも車掌車=ヨ8000のイメージが強いです。
 
現役時代は上の画像みたいに貨物列車の最後尾に連結され、本来の用途である車掌車として使用されていたワケですが、最終製造車登場から10年も経たないうちに貨物列車の車掌乗務が廃止されてしまい、お役御免に。
現在でもごく一部は車籍を有し、特大貨物や甲種輸送の監視・控車として伴走しています。現役時代はテールランプを灯していましたが、現在では灯火ではなく赤色反射板の掲出となっているようです。
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ちなみに、mokoにとって一番身近であろうヨ8000は、長瀞のキャンプ場でダルマ状態(車掌室ユニットだけ)になってバンガローとして使用されているもの。秩父鉄道野上駅からほど近い場所にあったと思うんですが、15年近く前の話なのでなんとも。ヨ8000の他にも秩父100系電車の車体も宿泊施設に使われていましたが、どちらも派手派手な塗装がなされていましたっけ。結局利用する機会には恵まれませんでしたが。
・・・当時キャンプしたくてしょうがない父親に付き合う条件が秩父鉄道だった訳なんですが(笑)上長瀞の鉄橋で吹鳴されるタイフォンが程よく聞こえて結構愉しかったんですけどね・・・昔は。
*気になって調べたら、各車現存するみたいです→塗色が変わっています。
国鉄末期には、ダルマなじゃないヨ8000をバンガローに改造して、ヨ8000×18両編成なんてトンデモナイ列車が運転されたらしいですが、最早自棄だったんでしょうな四国四国(笑
 
モデルはエンド毎にテールランプ点灯、赤色反射板の掲出が選べます。屋根色は黒色です。
 
追記・・・長瀞のキャンプ場のダルマ車両の写真が出てきました。'02年撮影。
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肝心のヨ8000の写真が無いんですが、多分撮ってないです。(爆
ヨ8000は後ろの方にチラッと写ってる程度ですが、先述のリンク先と併せて見てもらうと、車体色が違うこと、電車の窓がこの頃は原型だったこと等がお分かり頂けるんではないでしょうか。
 
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ついでに同日撮影。野上駅じゃなくて長瀞駅ですが、在りし日の1000系電車です。3番線にはヲキじゃなくて石炭積んだホキ10000が居ます。当然この頃は「チチブセメント」表記の時代です。1000系もC1000コンプレッサでしたし、急行電車は3000系(元JR165系)でした。・・・全てが懐かしい限りです。全て消え去ってしまいました。
写真思いっきり曲がってますけどね。。。まぁ、中学生なんてそんなもんでしょ。みたいな。(震
オイラのローカル鉄道趣味の根源が培われた正にそんな時期の写真です。
2015/02/13 01:03 | TB3D配布 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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