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■飯能駅の端っこ
恋焦がれる秩父は遠く儚し。
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じゃなくて、
秩父に至る前に山の麓、飯能駅の話。
 
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飯能駅といえば、運用上は池袋線の終着駅であり、西武秩父方面への始発駅である・・・厳密に言うと池袋-吾野が池袋線、吾野-西武秩父が秩父線なのですが、一度スイッチバックする関係で運用系統が分断されており、ここを直通する列車は特急レッドアローの一部と、休日の秩父鉄道直通運用くらいなもの。あとは東飯能-高麗間にある武蔵丘車両基地および工場への入出庫回送がありますけども。
 
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そんな飯能駅の端っこは、当然ながらレールエンドになっているわけですが、プラットホームからすぐに終端があるわけではなく、少し距離があります。
 
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敷地の端っこは道路に面しています。一番長い線路でもここまででプッツリ終わってるんですが、
 
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実は道路を挟んだ向かい側に少し線路が続いてるんですね。
 
以前から地図で見てて気になっていたものですが、これはかつて貨物運用が存在した頃の機回し線の名残なのでした。スイッチバック駅なので貨物列車も当然機関車を付け替えて方向転換せねばなりませんが、その機回し線だけが敷地から少し飛び出ていて、道路を越えて伸びていたようです。昔は踏切があったそうなのですが、現在では綺麗さっぱり跡形もありません。その先に残る錆びたレールと車止めコンクリートが、かつての姿を偲ばせるのみ。
また、貨物運用があった頃は構内敷地が今よりも広く、留置線の数も多かったそうです。
 
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現在では残った線路が留置線として使われていて、試運転列車や甲種輸送の折り返しに使われたりもします。昔はE31電機の牽く工臨が止まってることもあったんですが、気づけば随分と過去の話になってしまいました。
そーいえば大雪でヤラれた横瀬基地の保存車両たちはどーなったんだろうか・・・その後を知らぬ。
 
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今更ではありますが、こんな田舎から横浜まで電車1本で行けちゃうとか、無駄にハイスペック過ぎるような気がしてなりません。結局自分は1本乗り通して横浜まで、と言う経験はまだ無いんですけども、この先もそんな経験ができるのかどうか判りません。
 
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4000系も久々に拝みましたが、相変わらずひと目見ただけでワクワクしてしまう電車です。
秩父へと誘ってくれる、あの流麗なNrbサウンドはもう再び聴かせてはくれないのだろうけど。
凍て付く空気、白い息と白い車体、少し草生した石畳のプラットホーム・・・。
古いから即ち良いというワケではない。
初めて目にして、好きになった風景や物や人は、いつまでもそのままで居て欲しいって思うんです。
だから、無理だとは解っているけど、変わってくれるな、と思ってしまう。
好きだったものが、次第に移ろう時間の中で、少しずつ''古いもの''になっていってしまっただけなんだ。
2014/12/11 03:00 | 実物 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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