■西武の話題
最近気づいたことをば。
 
○3000系が廃車に
まぁ、順当にいくとそう来るだろうなぁ、とは思っていましたが。数日後の横瀬(武蔵丘?)のイベントを最期に3003Fが降りるそうです。
本線用101N系が廃車された後も残る3ドア車という印象だった3000系、未だ暫くは大丈夫だろうと思っていましたが、その「暫く」の時間が経過してしまったようです。勿論、全ての編成が一気に消えるわけではないですし、そもそも車両単位で見れば、新宿線に2本居る6連編成からはMG/CPナシのモハユニットが抜かれていて、その4両については先に廃車になってるわけですけども。(うろ覚えです。)

3000系は登場当時まだ3ドア車が主流だった西武鉄道に於いて、最新鋭ながら過渡的で異端児扱いな4ドア車2000系に対して、在来車とのバランスを保つべく投入されたもの。よって足回りは省エネを考慮した界磁チョッパ+回生制動で2000系と全く同じ。だがしかし併結は出来ない。
その後平成にかけて2000N系が大量に増備されると旧来の701系列の大半が置き換えられ、4ドア車のほうが勢力を上回ってきます。そして昨今「3ドア」が足かせになっています。
 
先輩にあたる2000系や101N系支線用は車体更新を続々と施行されている中、3000系は登場以来どれも更新工事など殆ど施されずに原形を留めてきました。目立つ変化といえばスカート取り付けくらいで、これが要するに、老朽化したらそのまま終りという意味を示していたわけです。
3000系のラッピング車(銀河鉄道/ライオンズ)は、もしかしたら今後も波動輸送用(シーズン需要対応)に残されるかも知れませんが、他は・・・残らず廃車でしょうなぁ。
 
○ホームドア試験中

西武にもホームドアを付けたいんだよ!と言っても、先ほど述べた3000系が本線上をウロついてる間は一筋縄ではいかず、4ドアと3ドア両方に対応する特殊な動きのホームドアが1両分だけ試運転中だったりします。

停車位置には物々しい標識が。そりゃそうだ手動でピッタリ停める必要があるからです。足元の数字の停止標は以前からあったものだと思いますが、ご丁寧に「2連」もあります。10連だけはこれよりも40m先の停止標になります。
装置としては、戸袋が可動する構造で、移動した先で戸袋が足を下ろすと、戸袋が移動するためのレール代わりになっていた扉部分が今度はスライドして戸袋に格納される・・・っぽい。よく解らんかったです。
ひとつ言える事は、現段階では動作が非常に遅いので、電車の扉が開くまでのタイムラグが結構あるように思いました。今後どうなるのやら。ホームドア設置よりも先に3000系が本線から引退してしまえば、こんな面倒な構造のホームドアを使わなくて済むわけですけど。
このホームドアは新宿方の1両分だけが試験中。基本的に特急退避かそこ止まりの列車しか使わない副本線側のホームです。更に言えば、先の停止標の位置関係から、8連以上が来ないとホームドア部分には電車が止まりません。
 
○入曽側線撤去
これは非常にどーでもよい話ですが、入曽駅下り線側の側線・・・というか引込み線の線路が引っ剥されていました。いや、もしかしたら随分前からそうだったのかも知れません。

西口が出来た際に「待避線」だったものが分断されて強引に「引込み線」となってからも、もう随分経ちますが、そのうちの川越方は割りと早い段階で線路が剥がされていました。新宿方はやや雑草に埋もれつつもレールは残っていて、オイラが知ってる限りでは10年前に電気部の工事用車が停泊していたのを見ております。そんな感じで使われる機会は全くなかったワケではなかったようでしたが、ついにお役御免のようです。
そういえば最近、上りホームには新しいトイレが出来ました。東口のバスロータリー(と言う名の砂利広場)の前辺りには保線用バラストを貯めて置くスペース及び保線トロッコに積み込むための引込み線があったのですが、新しいトイレはこれに少し覆いかぶさるように建設されていたように思います。
その引込み線にはクレーン付きの保線モーターカーがバラストトロを3両くらい引き連れていつも停まっていました。最後尾には車掌車(本当は何て言うんだっけw)まで従えて。
 
チビの頃、旅客電車しか走っていない西武線・・・特に新宿線に於いて、唯一「機関車」と「貨車」で構成されていたのがこの保線用の編成だったのです。当時車掌車が付いていたかどうかは覚えていませんが、塗装はモーターカーが電車と同じ黄色、バラストトロッコは黒色(だったような気がする)でしたから、余計に貨物列車っぽく見えたのでした。

ところがいつだったか、現行の白地に緑帯の随分とサワヤカな色合いになってしまって、これはこれで格好良く思えて好きでしたが、特殊性がより強調されたので以前ほど「貨物列車」っぽさがなくなりました。ちなみに、E31と共に横瀬に所属していた「車籍を持った保線貨車」も、時を同じくして黒色から白地に緑帯へと変化しているハズです。オイラが横瀬の貨車の存在を知った頃にはとっくに新塗装でしたが。
 
入曽のロータリーは滅多に来ないバスが方向転換する為だけにあるものなので、チビの頃はよくそこの中に入り込んで電車を眺めておりました。真横に鎮座していたバラストを貯蔵するヤグラは古枕木で出来ていて、染み付いた機械油の臭いが辺りに漂っていて、その臭いが堪らなく好きでした。今でもその臭いを嗅ぎ付けると、勝手にノスタルジーしてるワケです。
 
     *     *     *     *     *
 
あと、拙作TBで追えていない分についても触れておきます。
2000系のスーパー化が'09年頃流行っておりました。戸袋の閉塞とインテリアを強引に新鋭30000系っぽく改めたものです。が、これは最近は新たに登場しておりません。代わりに、車内の更新や戸袋閉塞は行わずに、屋根上ベンチレータを撤去したモノが増えています。同時に発電機やコンプレッサが30000系と同じタイプに変っていますが、それだけ。オイラが最初に確認したのは、狭山線運用に就くために新宿線から移籍してきた2501F(4R)でしたが、ここの所だいぶ増えてきた様子。
101N系本線用では最後まで狭山線用に残っていた4連の241Fはワンマン車化改造が行われて、これまでのクルマと同じく車内の更新を行っていますが、コイツは更にベンチレータ撤去まで行われています。完全無双ってワケですな。塗装はやはり他と同じく真っ白でした。
 
ちょっと遡りますが、スマイルプ・・・じゃなくて、SmileTrain30000系の増備が当初の計画よりも更に行われて、新宿線にも2連が3本投入されました。池袋線とは増結編成の連結位置が逆で、前パンのクモハ38100型が中間に入っています。これは恐らく南入曽車庫に於いて増結編成が引込み線の隅っこ側になるように、と言うことだと思います。末期の101N系も同じようにして、増解結を行っていました。が、殆どの場合8+2の10連を組んだまま運用についているんだと思います。
また新しく増備された30000系は、これまで各車の側面グラデーション帯に印字されていた「SEIBU」が無くなっています。実物でも些細な差ですから、TBでは数ピクセルの世界ですがね。
 
大体そんな所であります。そーいえば6000系も登場からもう20年近く経ってる訳ですが、そろそろ足回りの更新が始まってもおかしくない時期です。個人的には、あのGTOサウンドは何物にも代えがたい・・・と勝手に思っているのですが、どちらにせよオイラが生きている間に先に消えるのは6000系の方でしょうからね。何だろうこの虚しさ。
2013/10/04 04:12 | 実物 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
n e w < < 見上げれば飛行機 | H o m e | 超こまち or Sこまち > > o l d
コメント
コメントの投稿














トラックバック