■TB縮尺の送電鉄塔
何を思ったか、ほぼTrainBanner縮尺の送電鉄塔です。(厳密には極僅かに小さくしています。)
最初は何の気なしに、特にモデルも設定せずにテキトーに描いた角錐2回線鉄塔が、意外と様になってるじゃん…と自画自賛。調子に乗って紅白鉄塔(グレースケールからRGB度合い調整という暴挙)、更にドラキュラタイプと描いてみたものの、折角なら実在する鉄塔をスケールモノとして描いてみたいねぇ、なんて思いつつ、過去に撮った写真を参考にして、mokoにとって鉄塔興味の原点で思い入れのある水野線の旧鉄塔を描いてしまった、という訳です。
 
以下、実物との対比。
 
 mizuno29.jpg mizuno29a.jpg
水野線旧29号(23m・147px・昭和43.1)
所謂ミニドラキュラ型と言われるものです。1、2段目の腕金に装架されていた導線を3段目腕金にジャンパ線で降ろして、上流の縦並びから下流は横並びに変換しています。自衛隊入間基地アプローチコースの関係で30m程しかない狭山線をアンダーパスしており、下をくぐる水野線の導線はかなりの低空を走っていたのでした。そのため、「昆虫採集時 送電線注意」という珍しい(らしい)看板が付いていました。
■参考:http://members2.jcom.home.ne.jp/tettou-mama/page079.html(ページ中盤)
特に意識せずとも、moko家のスグ前に突っ立っていたもので、見ながら育ったと言って過言ではないです。ほぼ直上を電線が通っていたせいもあってか、ラジオやテレビの電波の入りが極端に悪かったのでした。
 
 mizuno30.jpg mizuno30a.jpg
水野線旧30号(25m・161px・昭和43.1)
丘を降りた先にある、29号と対を成していたドラキュラ型鉄塔。高低差が大きいのでダイナミックな佇まいです。路地の奥に鎮座しており、季節によっては夕刻の光線が真正面に当たり、すごく幻想的だったのですよネ…。
mokoが鉄塔にのめり込んだキッカケがこの鉄塔でした。
 
 mizuno35.jpg mizuno34.jpg
水野線旧35号(15m・97px・昭和43.1)
2回線ながら腕金が2段しかないドナウ型と呼ばれるスタイルの鉄塔です。意識して撮影した最初の鉄塔でした。高さは15mしかなく、実物を見上げると腕金が眼前に迫っていて、迫力というよりも感電の恐怖を覚えるレベルです。何故そんなに低いのかといえば、自衛隊入間基地のアプローチコースの真下にあり、滑走路も目前(1km手前)に迫る位置にあり、飛行機が低く飛んでゆくためです。流石に鉄塔スレスレを飛んで行くということではありませんが、完全真下となる34号(写真右)の前後に低いドナウ型が茶畑の中に連なっており、水野線の名物風景の1つとされているようです。
 
…説明が過去形なので判ると思いますが、これらは全て建て替えられてしまって現存しません。現30号は基礎及び角錐部分は旧鉄塔の流用ですが腕金は新調されて原型を留めません。また、どれも淡い水色に塗装されていました。
不思議なタイミングで、mokoが鉄塔に興味を覚えた年の冬頃から撤去及び建て替えが始まったもので、旧鉄塔をギリギリで拝めたのでした。欲を言えば、もう少し色々観察しておきたかったですがネ。
 
キミ達が想い出になる前に、ただもう一度、会いたかった。
TBで過去の時代への再会を果たせるなら、それは多分、少しだけ幸せなコトです。
2016/06/28 18:16 | TB:その他 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
■キハ40系
TrainBannerForum '16/6/20 UP

■[4118]JNR キハ40系 本州仕様

■[5976]JNR キハ40-100

■[5977]JR北海道 キハ40-700
キハ40系は'80年代以降の国鉄~JRのローカル線に於いて代名詞のような存在と言っても過言ではないでしょう。
ソレ以前のローカル線と言えば液体式黎明期のキハ10系とか、それを少し大型化させたキハ20系がほぼ主体と言った様相であり、その車体の設計は1950年代と古いものであり、更に足回りでは急行形キハ58、特急形キハ80に至るまで戦前設計を引き摺った非力なエンジンを使い続けており、かなり陳腐化していました。
そこで、車体も足回りも近代化して登場したのが同グループです。…と言えば聞こえは良いですが、経緯的に足回りに関して言えば''おこぼれ''であり、当時大出力エンジン試作車キハ91系で試験採用された内の弱い方であるDMF15エンジンは、結果反映量産型であるキハ181系に於いては発電用として採用したエンジンであり、キハ40系ではソレを再び走行用エンジンとして採用しているものです。構成を少し変えて220馬力となりますが、それでもキハ20系等のDMH17(180馬力)に比べれば出力は向上しています…が、向上した出力を相殺するかソレ以上に車体の大型化や耐久強化に拠る重量増で、むしろキハ20よりも鈍足非力とまで言われる走りだったとか…。
車体はオレンジ1色の首都圏色に塗られ、赤系は退色しやすく「焼きタラコ」という俗称が一部で付けられていました。
拡幅された客室は側面窓を含めて近郊型電車(113系1000番台等)に通ずる雰囲気となって近代化、居住性も向上しており、運転室も前後方向に拡張、前面窓は近郊型電車よりも更に高い位置に配置されていますが、視界向上というよりは衝突事故対策でしょうか。テールランプも連られて、これ迄よりも高い位置に配置されており、これ等がキハ40の「顔」を象徴しているように思います。
 
最初に北海道向け酷寒地仕様100番台が登場。2重窓で本州仕様の2段窓に比べれば小ぶりな窓が並ぶ印象です。本州仕様は寒地型500番台、暖地型2000番台が用意されました。キハ40は両運転台、キハ47は片運転台で中央寄りに両開き扉を配置したもの。キハ48はキハ40の片運転台版と言ったところで、両端に片開き扉を有します。台車は暖地型は従来通りオールコイルバネ仕様のDT22系ですが、酷寒/本州寒地仕様はシュリーレン+エリゴバネのDT44系です。100番台の初期車は軸バネ単一のペデスタルタイプでしたが、何れにせよ枕バネはダイレクトマウント空気バネとしています。雪噛みを防ぐためでしょうネ。
 
北海道仕様はキハ40-100を描いています。国鉄時代の首都圏色は雪上での色のイメージで濃い目のオレンジにしています。JR北海道仕様は現行の爽やかな色合いを目指しましたが、何だか薄いかも?帯色は当初、幕板部分は黄緑色だったようですが、現在は青紫色です。煤煙によるスス汚れをイメージしてウェザリングを掛けています。ちなみに窓割りが何だか不安定(窓間が広かったり狭かったり)ですが、これは実物に忠実です。
 
本州仕様はキハ40-2000、キハ47-0、キハ48-1000をチョイス。本来片運転台車はトイレ有無それぞれ存在しますが、何だか描くのが面倒になったので一方に絞りました。雰囲気が他と異なるキハ47は同士による連結を想定してトイレ付き、キハ40に増結するイメージのキハ48はトイレ無しとしています。KATOのNゲージキハ40系とは丁度逆の選択になってますが(笑
 
元々電車圏に住まうmokoにとっては気動車は遠い存在で当然の如く疎く、小学生当時、国鉄のウィングバネ台車の無骨さだけが気動車のイメージとして宙ぶらりんになってるくらい残念な知識でした。(どういう状況だよ。)
八高線のキハ38の薄っすらとしたイメージ、茹だる夏の夕暮れに漸く間近で見れた久留里線のキハ30、キハ38が唯一接点でしか無く、その次が16年前の高麗川でのキハ110への邂逅となります。キハ40自体はいつぞや連れて行かれた新潟で、たまたま通り掛かった飯山線沿いで走り去る小牛田色を見たのが今のところ唯一だったりします。
ただ、存在自体を認識したのは恐らく、'97年頃のJR東の列車カタログ風パンフレットに掲載されていた烏山線のソレが最初だったと思います。前面がちの構図に、夕日に赤らめた緑帯は褪色と相まって渋い色合いになっていて、顔つきとともに、鄙びたローカル線の錆びた低い線路の雰囲気と合致して…まぁ、要するに刷り込みなんですけども。
その後はKATOのカタログだったり、'00年代初頭頃のNゲージ雑誌、初心者向け読み物の中でも単行で済む=初期投資が安価で済むということで、よくフィーチャされていましたっけ。知らない世界、憧れは持ちあわせても、イマイチ遠い存在でしたが、漸く近年知識が頭の中に入ってきましてネ。長いこと掛かりました。
 
拙作気動車もそういう訳で数が少なかったのですが、キハ20系(キハ52)、キハ58系と、このキハ40系を以って、ある程度はバリエーションが得られたかなと思います。塗色が違うものでも制御回路の根っこは共通なので、それぞれ併結することが出来ます。混色混結編成で、不揃いの美学を愉しんでみてください。
2016/06/21 23:59 | TB:近作紹介 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
■インヴァータ・ハイテク・ロコ
TrainBannerForum '16/6/9 UP
JR貨物が旧態依然としていた貨物列車(機関車・貨車共)に新風を巻き起こすべく登場させた初期のプロトタイプです。
 

■[5988]
EF200-901は'90年登場。出力6000kwは国鉄~JR通しても最強であり、単機で1600tの貨物列車を牽引可能という驚異的なものですが、そのパワーに比例して大食らい(消費電力が大きい)なので、変電所容量の都合でフルパワーは使えず、常にノッチ制限を掛けて使われています。量産車も登場しましたが、過ぎるハイパワーを持ち腐らせてる状態にあったため少数で打ち切り、パワーダウン版のEF210が直流機の決定版として増備されて今日に至っているのは知っての通り。
車体デザインはヨーロピアンスタイルとよく表現されますが、言われてみれば2世代くらい前のユーロスプリンターの雰囲気が、何となーく有るような感じ。前面はEF66-100の「くの字」を強調したような、ややブロック調なスタイル、ヘッドランプケース周りは車体から窪ませて垂直としています。側面は非対称で、一方は明かり窓が並び、もう一方は吸気ルーバーが配置されています。側面画に於いては、1粒で2度美味しい(作画的には2倍)です。
台車はボルスタレス方式で、特に中間台車の牽引リンクが大きく目立ちます。枕バネは空気バネではなく、実はゴムによる弾性支持。半球形ゴムを上下向かい合わせとして2連に配置されているのが特徴的です。駆動方式がED60系列及びEF60、EF61以来となるリンク式となっていて、輪芯も圧延一体方式のスッキリさにリンク接続用の孔が混在するためややカオス。軸支持はEF66迄の新性能機よくに見られた円筒案内+ゴムブッシュ+軸箱上に2条バネの古風な方式で、今見ると如何にも過渡的です。ブレーキは片押し式でレジン制輪子をダブル装備です。
ちなみに、台車間にはとても見慣れた形状のMGが…容量的にも205系や211系のブラシレスMGと同型でしょうが、艤装スペースの都合で縦向きに装備されているのがちょっと新鮮。
運用範囲が主に東海道~山陽方面という事もあって、個人的には実物との接点はあまりないのですが、(武蔵野線を通る列車が朝夜に極少数有りましたが…。)一応は量産車も登場した形式であり、今でこそ顔であろうEF210登場より以前の、「新生JR貨物」と期待に満ち満ちていた時期に於ける直流電機の顔といえば、EF66-100とこのEF200だったという時代があったことは確かです。
 

■[5989]
EF500-901も'90年に登場。交直両用3電源式として、出力はEF200と同じく6000kwの強力機です。車体形状はやや扁平であり、前面は頂点が上よりの緩いくの字=鳩胸気味なデザインとなっていて、正直ドット絵泣かせな形状です。一方で側面は明かり窓の下にルーバーが8個ずつ並んでおりほぼ左右対称、国鉄電機の名残が混在する過渡的な雰囲気です。屋根上は前面屋根から続くカウル形状でパンタグラフが一部隠れている他、EF81等と同様に塩害対策として高圧線は最低限のみ露出しています。
台車はボルスタレス、ダイヤフラム空気バネ、軸支持も軸梁式と、EF200に比べると新機軸を取り入れており、パッと見る分には現行のEF210等にも通じるようにも見える一方で、ブレーキは従来の両抱き式であり、シルエットがゴツい印象です。スマートさは無いかもしれませんが個人的には好きな組み合わせです。
交直セクションのある東北線、常磐線、日本海縦貫線のスルー運転化、そして交流区間に於けるEF75、ED79等の重連運用を解消しつつ、全体的な列車t数増加を狙ったハイパワー機ですが、EF200同様に変電所容量の都合、加えてインバータノイズ由来の誘導障害が解消できず、量産には至りませんでした。その後、東北線系統の決定版としてはEH500が、日本海縦貫線にはパワーダウン版のEF510が投入されて今日に至ります。
仮に、誘導障害を解決して量産車が登場していたら、東北線や常磐線辺りで走っていたのかもなぁ、とか想像すると、結構格好いですよね。
 
オマケ:
性能試験といえば付き物なのが死重コンテナです。基本的には古い退役したコンテナを転用しているので、JR初期の頃の牽引性能試験ではコキ100系の上にウグイス色の国鉄コンテナがズラリと並んだスタイルが印象的でした。(写真で見た程度ですけども。)


コキ100/101にC20、C21を載っけてウェザリング?を少し施してみました。
続き
2016/06/09 20:01 | TB:近作紹介 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
■コキ祭りじゃー。
TrainBannerForum '16/6/1 UP

■[3931]コキ250000
■[3932]コキ350000
コキ50000の改造車2題。'85年登場の250000番台はCLブレーキのままブレーキシリンダ圧力の立ち上がりを早め、空走距離を短縮したモノで、コレに拠って1200t列車及び1000t迄の高速(100km/h)運用が可能になっています。国鉄時代の'86年よりスーパーライナーに投入されますが、その頃はフツーのコキ50000と同じレンガ色だったようです。
'88年からスピードアップしたスーパーライナー用に登場した350000番台は、電磁弁を追加したCLEブレーキとなり、最高速度は110km/hに向上しています。ただし、牽引機関車からブレーキジャンパ線を受ける必要が有るため牽引機を選びます。元々、この直後から量産車が登場し始めるコキ100系(後述)が出揃うまでの暫定措置であったため、改造数は少数に留まりました。車体色は黄かん色とされて異彩を放ちましたが、個人的には黄かん色ほどオレンジには見えないため、カナリアイエローとオレンジの中間くらいの、一般的には山吹色と言えそうな色味で描いています。
スーパーライナー運用から追い出されたコキ250000は'88年からペパーミントグリーンに塗装変更され、東北・北海道方面に残っていたコキ10000系を置き換えています。更には、コキ100系が出揃った後にはコキ350000も転属しており、共通運用が組まれていたようです。カラフルで愉しいですネ…基本的にコキ車は台枠の位置が低く足回りに近い=汚れ方が激しく、折角鮮やかな色で塗られていてもスグに土埃だらけになってしまうのですけども。
 

■[7335]コキ100/コキ101
■[5852]コキ104
JR貨物の新形式コキ100系は、台枠上面高さを1000mmに下げ、大型コンテナを搭載しても建築限界に収まるようになりました。試作車(コキ100-1~4)は'87年に登場していますが、量産車は翌年から。
'88年登場のコキ100/101は長編成傾向の強いコンテナ列車に於けるコストダウンを狙い、両端をデッキ付きのコキ101、中間にコキ100を配した4両1ユニットの方式を採っています。ブレーキシステムはCLEブレーキ方式とし、電磁弁はコキ101にのみ搭載して集中制御しています。デッキのない車両も存在することから手ブレーキハンドルは片側の側梁に設置していますが、コキ101だけは反転しているためハンドルの位置が揃いません。また、ハンドル位置も相まってヤード等入替え時に突放は出来なくなっていますが、そもそも台枠高さを抑えるために薄っぺらくしているため、強度的な都合もあるようです。(デッキ上にブレーキハンドルが設置されてるコキ107でも突放禁止とされている)
4両1ユニット方式で更なるコストカットを進めたコキ102/103(電磁弁がユニット内に1基へ減少)に続いて、1両単位での運用が可能なコキ104が'89年から登場しています。構造的にはコキ101、103と同じようなデッキ付き、側梁に手ブレーキハンドルという姿ながら、各車にCLE電磁弁を搭載して、つまり1両でシステムが完結しているものです。'96年までに3000両近く製造されたため、今以って最も目にする機会の多い貨車であると思います。
更に、2両1ユニットという微妙な存在のコキ105もありましたが、少数派で終わっています。台枠の塗装は後述のコキ106の初期車迄はコンテナブルーです。また、社名の表記についても'90年代序盤までは「JR貨物」の表記で、以降は「JRF」の表記となり現在に至ります。
続いて'97年から登場するコキ106は以前に描いていますが、海上コンテナ搭載に本格対応していたり荷重向上のために台枠形状が変更されたり、車体色はグレーになっています。概ね、2000年代頃までのコンテナ列車は表現出来るようになったのではないかと思います。
 

■[N2115]国鉄コンテナ
■[N2116]JR貨物コンテナ
単品コンテナの追加分…と言っても、以前に描いてあった分の描き直しですが。相変わらず種類は少ないです。
国鉄C35…前回コキ50000に搭載させるべく描き直したものの単品分。うぐいす色の国鉄コンテナが多い中にあってスカイブルーのC35は異彩を放ちます。民営化後も残存していましたから、コキ100系に載せても違和感ありません。
JR18A…'87年登場、国鉄C36同様に妻面・側面の各1面ずつに扉がある、青いJRコンテナの初代。形式は内容積18㎥(立方米)に由来します。塗り分けは単純な斜めモチーフ。
JRV18A…側面に開閉可能なベンチレータのある通風コンテナ。曲線塗り分けがオシャレ。
JR18D…'88年登場の両側面に扉があるコンテナ。逆L字に細・太2本の塗り分けで、製造数の多さや、運用期間も長かったたため、青いJRコンテナでは最も有名な存在かと思います。
JRF19A…内容積が19㎥(立方米)に増えたので形式も19*に。紫色地に下部を黒に塗り分け、新JRFマークも誇らしげです。ただし、容積拡大によって寸法も少し大きくなり、特に横幅はトラック積載時に問題となる可能性があるとされたため、製造数は少なめです。見た目に変化ををと思ったので、19Dの色違いで済ましています。
 
オマケ:

■[N2004]コキ104(KATOの場合)
KATOのNゲージ製品は割と早い段階で製品化されており、(インサートで言えば緑/ピンクの頃)初期ロットはJR貨物表記でした。それと関係有るのかどうか判りませんが、JRF表記となった今に至るまで台枠のカラーリングはコンテナブルーよりもかなり淡い青色にデフォルメされています。受け手によっては、ソレが難点と映る向きもある一方で、その色がモデルの特徴であり「味」であるという見方も出来るので、一概に悪と論じるには些か短絡的かなと。
Nゲージでは'86年頃からTomixのコキ50000にてコンテナ取り外し可能なモデルが登場しましたが、ソレ以前は満載状態で個々に接着されているか、満載状態で一体成型のモノしかない状態で、関水/KATOは後者でした。ただ、'90年代までのTomix製は成型色に車番(コキ101/100では社名表記含む)が印刷されるだけの質素なイメージであり、KATOは塗色のデフォルメが強烈とはいえ、シッカリ塗装された上で細かい表記まで印刷、更に台枠内側もウェイト形状を工夫してシースルー化する等、時代を先取りしていましたね。デッキ側のステップが省略されてるのは惜しいですが。
刷り込みもあるんでしょうが、旧灰色道床ユニトラックにその配色のコキ104を乗せると、mokoにとって趣味臨界期のKATOの鉄道模型のイメージ(カタログの写真)であり、懐かしさに包まれるのですよ…コレが味というヤツです。
続き
2016/06/02 00:27 | TB:近作紹介 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑