■ハイスピード・モーターカー
TrainBannerForum '16/5/13 UP
何だか腰の重たさが定例化してしまってるかの如く、まぁソレは冗談ですが、今回も約1年掛かりの難産でした。
大体いつも、攻略方法を探してる時間が長くて、見つけたら一気に進むんですけどねぇ。
 
 (←神海・樽見 / 大垣→)
■[6000]樽見鉄道 ハイモ180
国鉄末期の赤字ローカル線切りによって放棄された路線を継承した三セク鉄道は、三陸鉄道を皮切りに相次いで開業しました。国鉄樽見線を引き継いだ樽見鉄道では、富士重工製の新型レールバスLE-CarIIを開業時に導入しています。形式名「ハイモ180」…何だか芋っぽい名前ですが、ハイスピード・ーターカーの略にエンジン出力をあわせたものです。バス部品の多様、車体長12mにも及ぶ割に2軸構造という、原初レールバスのイズムを汲んでいますが、所謂台枠に直接くっついてる「単台車」ではなく、独立した1軸台車を軸バネ(軸梁式+緩衝ゴム)、枕バネ(空気バネ)によって支持する構造とした上で、更に牽引リンクにL字クランクを介して台車の旋回を許容、レール横圧を軽減することで2軸車としては長い軸距を実現しており、乗り心地も改善されていたようです。
クロスシートのハイモ180-101、ロングシートのハイモ180-201、202が導入されましたが、結局は輸送力が足りず、絶えず重連運転となっては不経済と判断されたため、その後の増備は一回り大きなボギー車に切り替わっています。
 
 (←神海・樽見 / 大垣→)
■[5791]樽見鉄道 オハフ500
元々国鉄時代から樽見線本巣のセメント工場までは貨物列車の往来があり、樽見鉄道移行後は大垣~本巣間に乗り入れてくる貨物列車は樽見鉄道の管轄となり、牽引機として国鉄DE10と同型機を所有していました。ハイモ180の輸送力ではラッシュ時間帯の乗客を捌けないため、機関車の運用間合いを利用する形で客車列車が用意されていたのでした…開業直後は、とりあえずの急拵えといった感じで、旧客オハフ33の後期型(キノコ折妻)をベースに、ハイモ180と同じスカイブルーに側面中央でTモチーフとなる紅白ラインをあしらった派手な外観に大変身。何気にベンチレータもスカイブルー色に塗り分けられていました。(絵では判り難いですね…。)
車掌室を両端に向けて、大垣方からオハフ501(原型扉)+オハフ502(Hゴム扉)という編成が組まれていたようです。
尚、樽見版の機関車は描いてないので国鉄DE10で代用してネ。コチラも末期こそ派手な専用カラーリングが増えたものの、開業時はキャブ横の白帯が消えて社紋が入った程度で、殆ど国鉄機と変わらない出で立ちでしたので。
 
  (←藤並 / 金屋口→)
■[5974]有田鉄道 ハイモ180 キハ58003
先述の通り、樽見鉄道では輸送力不足で持て余していたハイモ180ですが、そのうちクロスシートのハイモ180-101は有田鉄道に譲渡されました。塗り分けパターンが樽見鉄道時代と同じなので、色違いの兄弟車みたいな雰囲気です。
元々有田鉄道は三セクではないものの所謂地方の小私鉄であり、元富士急行キハ58系を譲受して細々と走っていました。ハイモ180が来る頃には片運転台の001,002はとっくに廃車されており、両運転台の003が片方のエンジンを撤去した上で行ったり来たり。ハイモ180譲受後はキハ58003は予備車として残っていましたが、まるで放置廃車の如く錆び々々な外観は、個人的にはかなりインパクトを受けました。(実物を見たワケではない。) よって、絵でもシンガフィニッシュ風として、グラデーションで錆汚れを表現していますが、色数増加を避けて画一的(手抜き)にしてしまったので、何だかイマイチですね(汗) 実車はもっと棘々しい感じだったのですけど。
藤並~金屋口間、駅数も少なく距離も短く、線路も駅も草生してディープな雰囲気を漂わせていたようですが、最終的には'02年末で廃止になったそうです。
ちなみにキハ58003には「まるみちゃん」という愛称があったようですが、一見可愛いように見せかけて、ネーミングの由来は車番の003からだそうで。
 
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ハイモ180の存在を知ったのはNゲージがキッカケでした…と言っても初代の完成品(樽見ハイモ等)ではなくて、未塗装キット形式となった有田ハイモの方です。カタログの挿絵だったか、キロポスト紹介部分に載っていた、金屋口風?のジオラマがとても印象的で、可愛いレールバスと背後の車庫内で朽ちているキハ58という構図が完全に刷り込まれてしまったのでした。
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当時、キット版は入手できなかったのですが、(入手しても上手く作れなかったと思います。) 完成品だった頃の樽見鉄道ハイモ180を中古で入手できました。(写真はT車。) 動力ユニットの手入れは少し難しいですが、小さい割にとてもよく走る車両です。以前にも似たようなことを書いてますが…。
実物は樽見鉄道では完全に引退、有田鉄道はそもそも廃止ですが、廃線跡利用の鉄道公園でキハ58003と共にピカピカに化粧直しされて動態保存、同型のレールバスとしては北条鉄道フラワ1985→紀州鉄道キテツ型が唯一残るのみで、完全に風前の灯です。元々鉄道車両にしては耐年数が低く設計されていて(ゆえに車重が軽かったり初期投資が安かったりしていたのですが)登場から30年を超えて、最早老朽化も待ったなしというワケです。考えて見れば、同年代製と思わしき古いタイプのバスなんて、もう見かけることは滅多に無いですからネ。
とはいえ、そのフォルムからインパクトも大きく、2軸動力で急曲線にも割と強いので、模型としてはこの上なく重宝できそうなのですけど、CタイプDL同様、再販すればいいのにねぇ、Tomixさん。
続き
2016/05/13 17:15 | TB:近作紹介 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
■12系&14系座席車
TrainBannerForum '16/5/7 UP
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■[4321]スハフ12
■[4328]オハ12
■[4754]オハフ13
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■[5292]スハフ14
■[5293]オハ14
■[5790]オハフ15
目下、大阪万博向けの団体列車や臨時列車といった波動輸送向けに登場した12系客車は、20系寝台の後、所謂「新性能客車」の草分けとも呼べるような存在です。(既に電車全盛の時代であり、長続きはしませんでしたが。)そして更に同システムを踏襲した14系特急客車は、昼行用の座席車、夜行用の寝台車が用意されました。
これらの客車の特徴は、牽引機を選ばずに、それでいて高速運転も可能という汎用性の高さでしょう。ブレーキシステムは単純なCLブレーキながら、レジンシューにより高い制動力を得ており、従来通りブレーキ管1本で制動が可能。電源も客車自体に発電セットを持ち、編成内で調達できるため、機関車からの電暖引き通しも不要です。波動輸送用としてあえて客車形態を選んだのも、本来旅客運用向きではない貨物用機関車でも制限なく牽引可能とすることで効率化を図っているのでした。
特に12系は残存していた旧型客車との併結が考慮され、電気暖房とSGの引き通しが為されており、供給元である機関車との間に編成しても、後続の客車へ暖房の供給が可能な構造でした。波動輸送の他、旧型車で運用されていた夜行急行の座席車を12系に置き換え、10系寝台との併結運用も存在しました…その後、余剰になった20系によって寝台車が置き換えられた例、座席も寝台も14系で置き換えられて統一された列車もありました。14系座席車だけの昼行運用としては東海道線の「踊り子」、東北線/奥羽本線「つばさ」が有名ですかね。
12系はその後、一部は普通列車にも充てられていましたが、現在では本来の用途である波動輸送用として、SL牽引等という「イベント列車」用途としてごく少数が残されるだけになっています。首都圏から一番近いSLとされる、秩父鉄道のパレオEXPも牽引する客車は国鉄由来の12系ですネ。
 
12系に於いて発電セット搭載のスハフ12は、前期型と後期タイプ100番台とで床下の艤装、車体側面に開口してる吸気ルーバー位置が異なります。後期タイプでは垂れ流しのトイレ流し管をやめ、トイレタンク式となり、併せて中間車も2種類用意しています。量産車の発電セットは自車含めた6両まで給電可能な容量であり、多くは6両1ユニットで編成を組んでいた当時の運用方法に合致していました。逆方の緩急車としては、経済性を考慮して発電セットを省略したオハフ13が用意されました。現在残っている12系は、エンジン故障に備えて両端の緩急車をスハフ12とするパターンが多く、発電セットを持たないオハフ13は一足早く廃車の対象になっています。
14系でも同様に、発電セットは6両分給電となるため、一方の緩急車は発電セットを持たないオハフ15となります。トイレタンク式のみで描いていますが、これは14系寝台車に仕様を併せています。
2016/05/07 23:05 | TB:近作紹介 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
■14系14型ブルートレイン
TrainBannerForum '16/5/1 UP
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■[5189]vol.1 スハネフ14 オハネ14
■[5281]vol.2 オロネ14 オシ14
エントリとしては前回の24系25型に続いて、TBFでは同日にUPしていたんですが、14系14型です。コチラは完全にスタンダード形式だけに絞っていますが、'84年以前のさくら、みずほ、出雲などを表現するには十分足りる筈です。
…20系寝台の集中電源方式は固定編成が前提であり、途中で分割して異なる行き先となる多層建て列車には不向きでした…強引にも、切り離した一方に不足する電源車を分割駅で待機させて増結するという事も行われていましたが、14系では電源車を分散させて編成に組み込み、分割併合を容易にしました。システム的には先発の12系客車を踏襲しています。(全く同じではないらしいですが。) 分割併合に備えて緩急車の妻面は全て貫通構造となりますが、ナハネフ23のような飾り気のない切妻ではなく、後退角のある折妻としてデザイン的には配慮されています。
B寝台車は当初3段ベッドで、中段は昼間時間帯の座席運用時は折りたたみが可能、寝台側の側面窓も通路側と同じく大きなサイズになって開放的です。後年2段ベッド化したものもあったようです。
A寝台車は中央の通路を挟んで両側にレール方向の2段ベッドが連なり、個々の仕切りがない所謂「開放プルマン式」です。20系時代は個室A寝台、開放A寝台と華やかでしたが、この頃からは段々とグレードを下げ始めたのでしょうネ。この車両だけ方向幕がデッキ側にあるため、外観上はやや変則的です。
食堂車は旧客の窓割りの雰囲気が残っていた20系とは違って、特急電車・気動車タイプのデザインを取り入れており、A寝台の単純化共々、コストダウンを図ったものでした。後年は24系の食堂車として編入改造されたり、ロビーカーに改造されたりと種車として供される例が多くあったのは前回も述べたところです。
 
分散電源車はその後、北陸トンネル火災事故の影響で新造は一旦中止され、どーしても分割併合が必要な列車向けに24系25型ベースの車体とした14系15型が後年追加で製造された程度で、ブルートレインは再び集中電源式に主軸を戻しています。北陸トンネルで火災が発生したソレは10系客車であり、各車に冷房用の小さなディーゼル発電セットを搭載していました。同様に、客室の床下にディーゼル発電装置を持つ12系や14系も規制の対象となった訳です。
同じ14系である特急座席車グループとは完全に互換性があり、オール寝台ではない夜行列車に於ける寝台車、旧客の代替としても用いられていました。…14系座席車は12系共々、近日中に描きますぞ。
2016/05/02 00:05 | TB:近作紹介 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
■24系25型ブルートレイン
TrainBannerForum '16/5/1 UP
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これもまた約10年ぶりの描き直しです。キハ58系と同じような感じで順繰り今風に更新しています。今回はとりあえず24系25型の登場時(概ね'77年頃)~民営化直後くらい(オハネ25-1000ソロ連結以前)迄の「はやぶさ」、「富士」辺りをモチーフに車種を選定しています。要するにスタンダード形式に毛が生えた程度ですが…。
以下解説。
 
○カニ24
■[3800]
電源車。25型グループとして用意されたものは24型グループの純然なる電源車カヤ24から、新聞輸送程度の積載能力を追加したカニ24型とされました。25型100番台グループとしてはカニ24-9以降のマイクロスカート省略タイプがお似合いかと。'78年頃登場の100番台では更に荷物室を拡大しているのと同時に、0番台の折妻非貫通から切妻で一応の貫通構造となり、オハネフ25-100とは顔つきが緩急車同士である程度揃っていました。
 
○オハネ25-100
■[4194]
B寝台中間車。室内は開放2段ベッド方式で、上段のベッドは固定とされたので、寝台側の側面窓は上段ベッドに被る上部がカットされてます。トイレは2室、洗面台の小窓は国鉄~JR初期頃は原型=開口していましたが、後に埋められます。(以前のTBは国鉄仕様のくせに小窓を埋めて描いていましたが…。)
 
○オハネフ25-100
■[3924]
B寝台緩急車。妻面は増結を考慮して貫通構造、スパっと切られたような切妻にステンレス帯が回り込んだ程度で飾り気のない感じです。100番台は片栓構造で常にカニ24とは対になりますが、続いて増備された200番台では両栓構造に戻ったので方転が可能です。両者の外観は似通っているので、TBでは100番台で代用してネ。
0番台は折妻で、24型或いは14系14型の雰囲気を残しています…コレを描いた理由は、JR化直後頃の編成に連結されているのを図鑑で見たためです。
 
○オロネ25-100
■[4430]
個室A寝台車。20系時代と違ってコンパクトになっていますが、コレも時代の流れだったのでしょうかね。独房という蔑称もあったらしいのですが、通路側に比べると寝台側の窓は小さくズラリと並んでおり、それぞれが個室の幅ということになります。通路側共々、B寝台の車両に比べると窓の位置が少しだけ高くなっているのが特徴です。
 
○オシ24-100
■[4434]
当初25型グループの食堂車は用意されず、24型グループとして登場した0番台をそのまま残し、他の寝台車等をステンレス帯の25型へと切替えたため、オシのみ白帯という状況が生まれましたが、'75年から14系食堂車オシ14を24系に編入改造したのが100番台。ステンレス帯…ではなく、銀色のテープによって装いを変えたもので、0番台も追って銀色テープ化しています。0番台は銀帯化からほぼ間髪入れずに金帯700番台に化けてしまったみたいですがね。
尚、白帯時代のオシ24はオシ14で代用してネ。
 
○オハ24-700
■[4470]
'85年に登場したロビーカー。当初は「はやぶさ」に増結され、編成の重量増により牽引機はEF65-1000PFから元来貨物用だった強力機EF66に変わり、我々世代にはお馴染みの姿になります。翌年からは富士にも増結されます。種車はこれまた14系からオシ14に拠る2両(オハ24-701~702)とオハネ14に拠る3両(オハ24-703~705)からなり、両者では外観や仕様に大きな違いがありましたが、同じ形式を名乗るものです。外観上の特徴は翼のような意匠の銀帯でしょう…コレもテープに拠るものだそうですが、延々と銀色2本帯が連続する中に変則的なデザインが突然現れるので、かなり目立つ存在だったと言えましょう。
 
○オハネ24-700
■[5152]
オハネ14から改造された4人個室B寝台「カルテット」、簡単にいえば、開放B寝台時代の区画毎に仕切りで囲ったものです。'86年当初「富士」に増結されましたが、銀帯だった時期は1年もなく、同年内に富士にロビーカーが連結されると入れ替わりに、更に改造されて金帯「あさかぜ」の仲間入り。同時期に14系にもオハネ14-700カルテットが登場していますが、そちらは上段ベッドが3段時代と同じ位置に在ったらしく窮屈で不評だったとか。
 
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…と、今回はここまで。民営化後には小窓が互い違いに連続したり、外観に特徴あるデラックス改造車が多く生まれましたが、今となっては過去の話ですネ。今後余裕あれば金帯あさかぜ含め、その辺の改造車も描ければと思いますが、いつなることやら。尚、既存の北斗星やあけぼのは暫く古いまま残しておきます。
 
mokoはブルトレ好きなんだけど実物の知識に疎いという残念な状態にあります。幼少期或いは趣味の臨界期に於ける情報源は写真中心にテキトーに眺めていた図鑑と、今ほど製品が豊富ではなかった頃のNゲージ模型のラインナップ程度であり、要は牽引機関車とヘッドマーク、客車妻面の表情とテールマークくらいの知識しかなく、運用区間とか使用線区とかはあんまり興味ないのね…。
ゆえに、車種の選定も無頓着で、前作のTBでは国鉄スタンダード形式:カニ/ロネ/ハネ(フ)/食堂車だけに終始していた訳です。まぁ、今回も似たような感じですけどね…。ちなみにロビーカーは初期の頃には描いていたのですが、銀帯の翼状部分の表現が上手く行かずに途中から省いていました。同じ時期にはオハネ25-1000''SOLO''も描いてあったんですけど、この辺りの車種選定はTomixのカタログの影響が強かったのでした。
 
最後に牽引機として似合いそうなものをピックアップ。
■[3784]EF65-500P
■[3840]EF65-1000PF
■[3841]EF66
■[5229]EF30
■[8971]EF81-300
■[9452]ED76
■[3913]DD51
■[9344]ED75
■[3793]EF81
24系ではレジンシューにより制動力が高く得られることから単純にCLブレーキ方式とされ、ジャンパ栓やら引き通し管等の装備を牽引機に求めていた前任の20系とは違い、基本的には牽引機を選びません。
続き
2016/05/01 00:38 | TB:近作紹介 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑