■タキ1900
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■[6049]タキ1900 セメントターミナル
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■[4800]タキ1900 三菱鉱業セメント

約11年ぶりに描き直したタキ1900、今回とりあえずセメントターミナル(CT)と三菱鉱業セメントの2種類だけですが、一応手元では秩父セメントが準備中、前回作品の日立タイプは終了、住友は保留です。
セメントバラ輸送用のホッパ貨車の代名詞である当形式、mokoにとっては秩父鉄道や八高線でホキ5700と共に走っていた…ような?という曖昧なイメージなんですが、今回はTomixの香港製モデルをモチーフに描いています。フレームに隠れて判り難いのですが、所謂広義の異径胴タンクで、車体長は10mしかありません。一見可愛いのですが、比重が重いので、体積の割にこれでも40トン積みです。
 
セメントターミナルは、東京セメント輸送と国鉄が手を組んだ合同会社で、各々独自に基地や貨車等を持たずに共同で使用するというのもの。石油であればオイルターミナル(OT)で、そのセメントバージョンと言うワケです。
セメントターミナル所属の車両は淡緑色に塗装されて区別されていましたが、この色合が絶妙で、曇天時の青味掛かったイメージが個人的には強い一方、手元で眺める模型の色味はもう少し黄色が強いような。両方描いたので好きな方を選んでね!って事にします。
セメントターミナルの営業所は有名なところでは近年まで残っていた浜松(樽見線など)でしょうが、以前はオイルターミナルと同じく倉賀野にも存在したそうなので、東北線貨物線・高崎線をEF65等の牽引で駆ける姿もあったのだとか。同じ色の車両が割りと広範囲で活躍していたので、見る機会も多くあったのではないか、と思います。
OTのタキ43000(青)と同じく、どちらかと言えば同一車だけで編成を組まれるケースが多かったのではないかと勘ぐるのですが、穀物類バラホッパのホキ2200、鉱石山盛りのホキ2500等と混ぜて編成すると、カラフルで愉しいよなぁとか思ってしまうクチです。
 
三菱鉱業セメント車は標準の黒色車体に赤い三菱ロゴが目を引きます。Tomixの模型(後の河合商会)ではCT車の色違いとして済まされていますが、実は形態に差異がいくつかあります。最も目立つところでは上部ランボードへのハシゴがCT車とは逆位置にあるという点で、更にランボードは妻面方向へ延長しており、連結している隣の車両にそのまま移ることが可能。これらの車両は東横瀬に配置され、西武秩父線~池袋線等から国鉄・JRへと乗り入れていました。バラ輸送はタキ1900にて隅田川まで、袋詰製品輸送にはテキ400やらスム200と言った有蓋車が用いられ、狭山ヶ丘の側線に存在した貨物ホームに降ろしていたのだそうな。シンガリには本来は西武のワフ形式を連結したいところですが、未だ描いていないので国鉄のワフで代用します。
ちなみに、Tomixのタキ1900が登場した'84年頃、関水のE851もほぼ同期でしょうから、既に完成品にて西武のセメント列車は再現可能だったワケですネ。そして、ワフはTomixの香港製ワフ35000で代用となっていたと思います。何方も廃盤になって15年以上ブランクがあった後、'03年頃にKATOとアリイと相次いで機関車+貨車のセットを出したのでした。あぁ、それもよく考えてみると今から10年前なのね。(爆
 
で、未だ描いていない秩父セメント車にも触れてしまいますが、コチラは上部ランボードへのハシゴが妻面にあるので、側面画としては「ハシゴがない」状態になります。また、屋根上のハッチ間隔が他に比べて狭かったり、上部ランボードが妻面方向へ長く、連結している隣の車両に渡れるのは、僚車であるホキ5700に合わせた仕様のようです。
まぁそんな訳で、ホキ5700共々そのうち描くとします。
続き
2016/03/31 00:00 | TB:近作紹介 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
■115系上越線
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■[10699] JR 115系 上越線
 
本来、2次新潟色と言った方が通りは良いのでしょうが、mokoにとっては上越線水上口に足を伸ばしているソレしか知らないので、mokoにとってこの色は、雪の白、空の青、そしてホーム屋根に垂れ連なる、溶け始めた氷柱の透明度とともに思い出す、上越線の記憶なのです。
分水嶺を越える水上発長岡行きの電車で越後湯沢を目指した16年前の冬。というか、実物に関してはその16年前に乗ったきり、見たきりなのでした。ゆえに、今回のテーマもソレ。流石に車番なんて見てる暇はありませんでしたし、多分、見てても覚えてないですヨ…。
 
覚えていることは、八高線のキハにゆったり揺られ、倉賀野でホーム越しに停まるEF65-0に邂逅、続く高崎機関区に屯する機関車たちも、窓越しとはいえ、どれも実物を見たのは初めてでした。高崎から上越線(麓)湘南色の115系サハ入り4両で水上へ、この時点で雪があったかは覚えてないですが、(あったような気もするのですが。)水上からは満を持して、この色の115系長岡行きに乗り込みます。往路はサハ入りの4連だったのは鮮明に覚えていて、特に意味もなく3連を想像していたもので、やや肩透かしを喰らったような気分。今も昔も同じでしょうけど、本数が少ないため乗客が集中するようで、水上までのゆったり空間とは打って変わって、人が多い車内。スキー客も居たような。結露で窓が曇り、温かいを通り越してノボセるような電暖の感触を足で感じつつ、籠ったMT54の音に揺られると、いつの間にか寝ていたような…。そして有名な文言のその通りに、上越国境を過ぎた辺りで車窓は見事に雪景色だったのでした。ここまでが往路の薄っすらとした記憶。
 
さて、今でもこの色の電車は走ってるんでしょうか。
近年と言っても随分前より、3次新潟色と呼ばれる青系統の塗色が現れ、もしかしたら2次新潟色は水上まで顔を出さなくなってしまったかも知れないし、新潟地区の115系はそもそもE129系投入で置き換えられる運命にあります。そう遠い未来じゃないでしょうから、この色の電車にもう一度出会うことが叶うか否か…そんなことを考えつつも、今日を消費しているもどかしさ。
ちなみに、2次や3次があるなら1次新潟色と呼ばれるモノも存在するワケですが、これは新潟地区の気動車用として生き残っていました。当初は115系も纏っていた、所謂黎明期の地域塗色の1つですが、割と早い段階で2次新潟色へと切り替わっていたようです。
 
特に信州・上州・越後のエリアに配置された115系1000番台は、残っていた旧型車両を直接置き換えるべく非冷房で登場した冷房準備車が多数派のようでした。新製冷房車との違いは先頭車(クモハ115、クハ115)およびモハ114におけるベンチレータの配置寸法にあり、前位側のクーラー直前のベンチレータ配置が少し寸詰まりのように見えれば、それは元冷房準備車だったという証拠です。
上州、つまり新前橋配置の冷房準備車は恐らく少数派ですが、信州および越後エリアは他線区からの流入を除けば現行(あぁ、長野地区は211系に置き換えられたんだっけ。)の車両も冷改された元冷房準備車である事が多いです。
 
ゆえに、今回の絵も元冷房準備車の冷改後という設定にしています。何気に緑の濃淡帯の「色」の選定には難儀しており、あーでもないこーでもない、と3種類くらい試作しましたが、結果としては、実物というよりも2次新潟色の俗称である「キムワイプ」のパッケージの色合いを参考にして描いています。これが不思議なくらい、16年前に見た実物のイメージと重なったのでした。俗称とはいえ侮れませんな。
かくして、8年越しくらいに漸く「上越線の115系」が描けたのでした。そう、以前にも1度描こうとはしていたんですけどね、当時の解釈では全く似ていない絵になってしまったので、ボツにしていたのでした。
2016/03/21 22:18 | TB:近作紹介 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
■高麗川でキハの息吹を聴く
夜な々々、キハのエンジン音や排気の匂いを欲していたもので、先日堪らず高麗川に出向きました。
駅から少し歩いたところに駐輪場があることを知ったので、チャリをそこに停めて駅構内をウロウロ。
暗がりの世界、静寂の中にキハのガラガラと騒がしいアイドリング音だけが響く…。
 
初めて高麗川に降り立ったのは執筆時点で16年前の冬だったと記憶しています。東飯能から103系3000番台には最初で最後の乗車経験、高麗川の3番線に降り立ち、その向かいでガラガラとエンジン音を奏でるキハに邂逅した感動は、今でも鮮明に覚えています。
個人的には、電車で高麗川に赴くには、乗り換えの多さも相まって、ガキの頃はとても遠く感じたものでした。故に「高嶺の花」だったというか、あまり気軽に行ける場所という感じではなかったのです。それがまさか、多少ガッツが要るにしても、チャリで行けるようになってしまうとは、当時は思わなかったですがね…。
 
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写真はまぁ、オマケみたいなもんです。この時間帯に行くのは初めてだったので、諸々時間を記録する程度の写真ばかりで。夜の暗がりでは手持ち撮影ではブレますし、いい加減化石みたいなカメラを使い続けてるのでISOノイズもヒドイので感度底上げもあまり使えず、で、適当なところに柵があったりすると、平たい天面にカメラを乗っけておいて、セルフタイマで三脚要らずの似非バルブ撮影。
故に斜めってるワケですが、柵の天面に向かってそんな贅沢は言えません。あぁ、カメラが斜める前提で、くさび状の何かを持ち合わせていれば良いのか。キミって頭が良いな。(爆
 
帰り際、拝島行きなんて中途半端な行き先の電車が発車案内に表示されると、いよいよ夜も深くなってきたなぁ、なんて思っていたら、駅を後にして駐輪場横で出会したその正体、なんと中央線のE233系でした。以前より中央線系統の車両の便は存在しており、以前は当然ながら201系だったのでしょうけど。今でもあるのか知りませんが、早朝に高麗川発東京行き(拝島で青梅線か五日市線系統と連結…だったかな?)があったんですよね。
 
八高線は高麗川を境に南北で電化と非電化に分断されています。キハは大体50分弱くらいの間隔で高麗川を出いているようでした。単線ですから基本的に本数が少ないのですが、非電化区間は特に本数が少ないです。
夜が深くなってからやってきた小川町行きはツーマン3両編成でした。普段はワンマン2両編成が主体なのですが、朝や夜に限定的に3連もやってきます。そういえば、16年前の冬も往路は割と朝早くだったので、キハは3両編成でした。車内のクロスシートは通常通りの2人掛けと通路挟んでもうもう一方は1人掛けシートが向かい合っていて、とても新鮮に写ったのでした。
 
ちなみにこの日、高麗川に赴くその前には東飯能にも訪れていました。ちょうど、その前日から東飯能の「みどりの窓口」が営業を終えていたのです。さて、窓口が無くなってしまうということは、マルスによる発券は出来なくなるし、もしかして駅員ごと配置がなくなるのか、それを確かめるために。
結果としては、何だか残念な駅員が非常用として?配置はされているのですが、やはりマルス発券は出来ないとのこと。切符の扱いに関しても不明瞭な受け答えです。故に、高麗川で再度尋ねた所、高麗川で東飯能からの切符を買えという結論になりました。何だか不便なものですが、仕方ないのでしょうね。
 
16年前と変わったもの、あるいは変わらないものを訪ねるため、同じルートを辿る旅を考えていまして、これはその下準備に奔走した日々のお話でした。いつになるか判りませんが、なるべく近いうちに行こうと思っています。
変わらないことを夢に見て、見果てぬと判って尚、16年前の亡霊に、過去に縛られて道に迷っているかの様相。
回れタービン、咲けよロータス。私が天に昇るのは、もう少し先でいて欲しい。
2016/03/19 05:13 | 実物 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
■三陸36型プチリニューアル
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■[4721]三陸鉄道36型
気づけばまた1年経ってしまいましたが、少し前にTB3Dにした元ネタ(TB)をTBFにUPしました。
去年の時点では台車の違いくらいしか把握してなかったんですが、実はエンジンも変わってたんですよね。ということで、今回描き直した非冷房は古いRF誌を見ながら、フレーム装架の6L13ASとして描いてます。神岡鉄道のおくひだ号は車体長も含めて共通点が多いですが、実は鹿島臨海鉄道6000型も車体長は違えどDT22系のコイルバネ台車にエンジンもフレーム装架の6L13ASと、足回りには共通点があります。登場年も近いですからね。
冷改車は以前も描いていましたから復活ということで。要は、前回の絵の足回りを再利用するためにクーラー載っけただけです。台車変更後となると車体色を変えないといけないので面倒なのですよ。あとは青いのとか赤いのとか居ましたけど、これも今回は見送りです。今後余裕あれば描きます。
2016/03/11 15:33 | TB:近作紹介 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
■診断メーカー
いや、実はこの3ヶ月ほどツイッタに魂を持っていかれつつあるもんでコッチが疎かになってたワケですが、ツイッタで未だにやや流行ってる「診断メーカー」を利用してちょっとしたネタをシコシコと仕込んでいました。
 

意味もなく貨物列車が通りますよっと。
 
診断メーカーというのは、名前欄に打ち込まれた文字列に反応して結果を示す面白系アプリであり、作り手側が予め用意した選択肢をランダムに並べてヘンテコな文章を作ったりして笑いを誘っているものです。
当初、診断結果は文字のみでしたが、何時頃からなのか正確には知らんのですが、反応を見るからに機能実装から間もないようですが、近頃は診断結果に画像を埋め込むことが可能になったようで。
かく言うmokoもドット絵ガチャうにガチャを見てから画像対応してることに気づいたもので。
で、それを見てたら「TBでも似たようなの出来んじゃね?」と思い立って、よく見る「連ガチャ」スタイルとして作ったのが1作目E233系5連続ガチャでした。要はパクリです(笑
mokoが把握してる範囲で、画像の仕様は大雑把に述べると、
 1、画像は5個まで埋込できる。2個まではオリジナル状態を保つが、3個以上は画像を並べて1枚のJPEG画像に合成する。
 2、各画像の解像度に差がある場合、1枚目の画像サイズが適用される。
→縦並びの場合、車体長方向のサイズが1両目の長さで適応されるので、車体長が違う車両では伸縮された上で合成されていました。
 3、合成後の画像の上限は899pxで超過すると縮小。大幅に上限を超える場合は途中で処理を投げるっぽい。
と言った感じです。
画像のサイズ違いに関しては、大きい方に合わせて小さい方は余白を追加して対処しています。とってもアナログですけど、これ以外に方法はないでしょう…。
画像の並び方向は縦と横が選べるので、2作目(貨物列車版)以降では画像を横並びとして、診断結果ではあたかも編成を組んだような表示としています。画像の上限が5個なので機関車含めた5両編成とボリュームには欠けるんですが、如何にもNゲージの基本セットみたいで可愛い…と、一部にはヤヤウケして頂いてた様子です。
 
まぁ、そんなワケで。
TrainBanner 5連続ガチャ E233系ver.
TrainBanner 5連ガチャ 貨物列車ver.
TrainBanner 5連ガチャ キハ58系ver.
TrainBanner 5連ガチャ 20系寝台ver.
TrainBanner 5連ガチャ キハ80系ver.
 
お暇な時にでも遊んでみてください。ツイッタユーザじゃなくても参加は可能です。
(ツイッタと提携して診断結果をボタン2つで呟ける、という程度のアドバンテージでしかありません。)
ガチャと言ってもただ回すごとに結果が毎回違うのではなく、名前欄の文字列を毎回変える必要はありますが、名前に限らず毎回ユニークなワードを適当に打ち込み続ければ無限にガチャを回すことが出来ますぞ。
 
まぁ、IDの桁数から察するに、生まれては飽きられ退れの繰り返しなのだろうなぁと思うので、一過性でもいいですヨ。
以下、ネタバレ含む解説。(これからチャレンジする人は見ないでね。)
続き
2016/03/03 03:03 | TB:その他 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
■キハ80系
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■[4806]キハ81
■[5466]キハ82 vol.1
■[5467]キハ82 vol.2
■[7974]キハ80
■[7895]キロ80
■[8817]キサシ80
■[8818]キシ80
そんなワケでキハ80系も10年目のリニューアルで御座い。今回のは大雑把には3代目です。…細かく言うと4代目になるのですが、後述する半キノコ含め、前回作品に比べて実物に近いニュアンスで描けてるんじゃないか、とは思いますが、如何せんセミスケールですからmoko流のデフォルメがいっぱい詰まっています。要は何時も通り。(笑
 
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キハ81
はつかり型とも言われますが多く広まった通称は「ブルドック」。文字通り「はつかり」でデビュー、はつかりが電車化されると「つばさ」へと転用されますが、板谷峠でのEF71補機連結のために前面の連結器カバーが外され、ブレーキ管取り出しのためにスカートも欠き取られ、優美な姿は崩れていきます。その後は「いなほ」「ひたち」、ついには西日本地区へ移って「くろしお」で最期を迎えます。
 
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キハ82
白鳥型という呼び名は現代では全く浸透してないですが、当時はそう呼ばれたそうで。東海型のエッセンスを含みつつも優美さのある貫通型の前面は続く特急形気動車の雛形になりました。当初はキハ81と同じでAU12を4基(キノコ単位で言うと2つ)搭載としていましたが、中期製造分からAU12を5基に変更。初期車も5基へと増やすのですが、搭載スペースに余裕がなく、小キノコ型の着せは後ろ側を省略して切妻とした所謂「半キノコ」となってしまいました。
キハ82-900は初期型キロ80を改造した車両で、こちらも半キノコクーラーを搭載しています。末期は北海道での活躍が有名だったようです。
 
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キハ80
普通中間車。初期型とそれ以降ではベンチレータの位置が違ったりする程度で殆ど変化はありません。
またこれは全車共通する変更点ですが、初期型(81系)では冷却水給水口が車体裾の赤ライン上に掛かってるんですが、以降一般型(82系)では位置が上昇してクリーム色の部分に現れており、視認性が高まっています。
 
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キロ80
登場当時は1等中間車。後にグリーン車となります。初期型では屋根上がスッキリしていますが、82系相当では屋根上にボコっとおにぎり型の水タンクが増設されています。キロは両車端にトイレがあるため、使用量を考慮してのものです。初期型には増設されず、普通車や先頭車に改造されたりしました。
 
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キサシ80
はつかり型の食堂車。床下には発電用エンジンと水タンクがあり、自車の電力を賄える代わりに完全なる付随車扱いだったので、9両編成のはつかりでは通用しても、他線区での、特に編成短縮時には負担でしかなかったものです。車体はこだま形サシ151を延長したような雰囲気ですが、調理室の扉が外吊りプラグドアではなくて内開扉のようです。
 
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キシ80
他線区に於ける編成短縮に対応できるように自走化した食堂車。2エンジン車なので床下艤装に余裕がなく、水タンクは床上設置としています。そのためキサシとは車体の設計が異なっています。
北海道では喫煙用に小窓が追加改造されていた他、情報がほぼ皆無なので描いていませんがキサシを改造して編入したキシ80-900もありました。
続き
2016/03/01 00:07 | TB:近作紹介 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑